色をなくせばミニマリズム、ということにはなりません。黒や白、さまざまなグレーの中間色を用いるアーティストもいれば、天然そのままの色合いに、鮮やかに彩色されたアクリル樹脂や金属、ペイントといった人工素材を組み合わせる手法をとるアーティストもいます。機械的なパターンの繰り返しや、シンプルな線や造形により、本ギャラリー所収の作家をはじめ多くのアーティストが、大胆で抽象的な幾何学的フォルムに色彩を用い、かつミニマリズムの美学を表現することに成功しています。
ミニマリズムの彫刻やインスタレーションでも、鮮やかな色彩が用いられる例は少なくありません。色彩がきわめて鮮やかでありながら形状がシンプルなものを目にすると、人はその対象そのものよりも周囲の空間や対象同士の間合いに目を向けるとされています。こうして、その作品は置かれた空間との関係において、観客の注意を引きつけることができます。
アルミニウム ペイント
30 x 180 x 30 cm
ドナルド・ジャッドは自身のミニマリズム作品、とくに横長の壁面作品を「特殊な物体(スペシフィック・オブジェクト)」と称しています。これらの「物体」はジャッドにとって、絵画と彫刻の両方の側面を持ち、どちらであるとも完全には言い切れないものでした。箱形のパーツをいくつも並べ、壁にボルトで固定した作品は、どう見ても3次元の彫刻に近いオブジェでありながら、色の選び方、その規則的な配置のされかたには、絵画的な要素が色濃く感じ取れます。本ギャラリーに展示されている作品は、以前展示された大型の床置きの彫刻作品から10年以上経ってから制作されたものです。これはジャッドの色彩への「回帰」であると捉えられがちですが、実際にはジャッドはそれ以前から一貫して作品の中で色彩を扱っており、とりわけ、基本的な天然素材や人工素材が、そのままの色合いで用いられることは珍しくありませんでした。
アクリル絵具、キャンバス、162.6 x 106.7 cm
1950年代のニューヨークのアートシーンにおいて、カルメン・ヘレラは歓迎されたとは到底言えません。抽象表現主義全盛の時代であり、ラテンアメリカからやってきた女性作家であるヘレラに注目する人は誰もいませんでした。ただ彼女自身は、無名であることを悲観するのではなく、むしろ解放感を覚えていたと言います。ヘレラは今日に至るまで、わずか2~3色でエッジの立った幾何学模様で作り上げる作品スタイルを変えていません。ヘレラは自身の絵画作品について、物理的な制作上のツールとしてキャンバスを用いているだけで、実際にはギャラリーの展示環境まで含めた彫刻オブジェであると捉えています。今回展示される3枚は『曜日』シリーズの一部で、形態とその基盤となるものの間の関係という、ヘレラの一貫した関心が表現されたものです。
その他の展示作品:
- 『金曜日』 (1978)
- 『木曜日』 (1975)
アクリル絵具、キャンバス、8枚構成、各112 x 112 cm
台湾出身のアーティスト陳曉朋によるミニマリズム作品で、色彩を絞り込んだシンプルな形態、大胆な抽象化が特徴です。陳は建築物の形にインスピレーションを得て制作を行うことも多く、したがって、そもそもの出発点に3次元空間があります。この連作は、画廊の建物の形、それがもたらす作者自身の感情や印象からインスピレーションを得て制作されました。ほとんど何かのロゴマークのように見える彼女の作品は、2つのグループに分けられます。一方は建物の外形を表現し、もう一方は彼女が最も関心を惹かれた細部に焦点を当てるものとなっています。
音声、34 分 30 秒 (繰り返し)
声: ブラッドリー・フォイセット、タン・レイチェル
委嘱新作
ジェレミー・シャーマはシンガポール出身のアーティスト、ミュージシャンです。今回展示されるサウンドアート作品は、アートサイエンス・ミュージアムにより委嘱されました。これは、色彩というものの体験について省察する作品です。
色彩や、その受容のしかたは、あくまで主観的なものです。一人ひとり、色の捉え方は異なるのです。もし、色というものが経験不可能なものであり、言葉で伝えるしかないものだとすれば、言葉は不完全なものだとすぐに分かります。だからこそ、色彩について語る言葉は果てしなく詩に近づいていきます。
シャーマは、人の声をメインの音素材として用いたミニマルなサウンドアート作品により、この方向性を突き詰めて見せます。俳優たちが読み上げるテクストは、バージニア・ウルフ、村上春樹、マリー・ダルセック、ルードヴィヒ・ヴィトゲンシュタインが、それぞれ色彩とその経験について述べたテクストの抜粋です。こうして生まれたサウンドは、色彩の知覚、記憶とフィクションの間にある関係を追求するものとなっており、ギャラリーで展示される他の視覚芸術作品と鮮やかな対照をなす、独特の存在感を放ちます。