新進気鋭のシンガポール人アーティスト、ジェイミー・タンの色鮮やかな作品は、色彩が持つ力強く、そして極めて個人的な影響を探求しています。
色が持つ、強い感情を引き起こす力に疑問を抱いたことはあるでしょうか。Pantoneが2025年のカラー・オブ・ザ・イヤーを発表した際に巻き起こった議論を見れば、その力は明らかです。印象的な名称の「モカムース」(PANTONE 17-1230)は温かみのある芳醇なココアのような色ですが、世論は二分し、つまらないという声や、さらなる酷評も寄せられました。ブラウンという色がここまで賛否を呼ぶとは、誰が想像したでしょうか。
こうした議論も、シンガポールの若手アーティスト ジェイミー・タンにとっては驚くことではありません。彼は学生時代から色彩とその影響に魅了され続けてきました。シンガポールのラサール芸術大学で2017年に美術の学士号を取得し、現在Art Portersに所属するタンは、マレーシアやシンガポールで開催された展示で自身の作品を探求し続けています。
ジェイミー・タンの作品はさまざまな色合いの色の帯が緻密に配置され、引き込まれるような躍動感が生まれるのが特長です。整然と並べられた作品では、キャンバス上で四角形が放射線状に重なり、徐々に明るく、または暗く変化するトーンが描かれることがあります。また、一日のさまざまな時間から着想を得たシリーズのように、極めて繊細なトーンの変化を探求する作品もあります。これらは、まるで視覚の限界を試されているかのような感覚を観る者に与えます。さらに、秩序と混沌が共存するような作品もあります。リネン地に油絵具で描かれた「Picking Up the Pieces」は、バラバラになった色相環に似ており、この馴染み深い道具が持つ従来の概念に挑戦する作品です。
「学校では色相環と、それに基づいた色の適用方法にまつわるあらゆるルールを教わりました。しかし、私はこう思ったのです。いや、私は自分が好きな色を使おう。あとはどうなるか、成り行きに任せよう、と」。こう話すタンの芸術は、抽象画家のヨゼフ・アルバースや、ジャズ音楽の「繰り返されるシンコペーションのリズム」などからインスピレーションを得ています。こうした影響は、マスキングテープを使って色のブロックや線を作ることの多い、その機械的な作業工程の大半に現れています。
もともと深く内省する正確のタンは、時間や文脈と共に色の感じ方がどう変わるのかという点に強い関心を抱いています。彼の成長に最も影響を及ぼしたもののひとつが、David Batchelor著の「Chromophobia」です。この本では、西洋の文化思想には、生来色に対する恐怖があることが論じられています。「昔の人々は、色を危険なものの象徴として捉え、好まなかったのです」と彼は説明します。「白黒は真実を表し、色彩は想像力を刺激し、現実を曖昧にするものと考えられてきました。」
タンは、色が効果や意味の面で形を変える力にも魅了されています。「赤は脅威や恐怖を感じさせることもありますが、ロマンチックな一面も持っています。青は絶望を暗示しますが、広大な海や空も想起させます」。こう話すタンの作品は、Tiffany & CoやLVMHなどにも購入されています。
タンはマスキングテープを使い、カラフルな作品の中で塗る場所をすばやく区切ります。
それぞれの色は、特定の雰囲気や躍動感を生み出すように慎重に選ばれています。
マリーナベイ・サンズの最高級スイートであるザ・パイザコレクションのために制作した直近のユニークな26作品は、タンにとって自身が慣れ親しんだ範囲を超える挑戦となりました。タイトなスケジュールの中、タンは愛用していた油絵具を速乾性のあるアクリルに変更。この新しい画材に挑戦することで、次第にその魅力に惹かれていったと言います。1.4㎡四方の作品には、タンのシグネチャーである鮮やかなカラーブロックが描かれています。スイートルームのアーストーンやカラフルなアクセントからインスピレーションを得た色彩が特徴です。側面から見ると、鮮やかな色彩のストリップがレンズに近い効果を生み出し、まるでキャンバスから浮き出たり引っ込んだりしているかのように見えます。「色彩やラインの配置は作品ごとにまったく異なり、その部屋ごとに特有の波打つような動きの感覚を生み出しています」とタンは説明します。
「縛りはありません。そこには 喜びや遊び心、まるで踊っているような感覚が宿っています。」と補足しました。
好きな色を尋ねると、躊躇うことなくオレンジと赤だと答えたタン。驚くべきことに、明るく陽気な印象の鮮やかなイエローは彼にとっては落ち着かない色だと言います。「黄色から白への色の変化を描いていると、その中間の色調を処理するのがとても難しくなります。目が見えなくなったような感覚です」と明かしました。
タンには共感覚(音を「味わう」、色の「香りを感じる」など、刺激が別の感覚体験を呼び覚ます現象)はありませんが、タンは人を特定の色と結びつけて感じるという独自の感覚を持っています。これは非常に興味深い特徴です。さらに興味深いのは、彼が感じるその人の「色」が、必ずしも本人が展示で惹かれる作品の色と一致しないことだと指摘している点です。しかし、タンは介入する必要はないと考えています。
「私は、アーティストが伝えようとしていることを理解するために、その背景を知らなければならないとは思いません。人々が私の展示を訪れた時、自宅や日常のどこかで見たことのある色を見つけられるはずだと思っています」と、タンは言います。
「私の作品は、誰にでも開かれたものでありたいと考えています。観る人が自由に解釈し、自分なりの記憶を生み出せるような作品を作りたいです。私は自分の作品を通して、人々に自由を感じてもらいたいのです。」