数学

「ダ・ヴィンチ: 未来を造形する」展の最初にある数学セクションでは、アトランティコ手稿のページの複製、インタラクティブな展示、体験学習型の展示をご覧いただけます。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、数学は自然を解明する究極の鍵であり、芸術と科学の両方に応用できるものと考えていました。 ダ・ヴィンチは数学、特に幾何学と比例の主原則に関する幅広い探求の成果を他のすべての実践領域に応用しました。

ダ・ヴィンチの幾何学への関心は芸術的探究心によって駆り立てられたものですが、その根底には数学の基本原理を解明することに対する弛まぬ意志がありました。 その成果が、純粋に芸術的な目的で描かれた幾何図形や複雑な代数公式を解明する試行過程の視覚的な表現などの形で、展示されるアトランティコ手稿の複製ページに表れています。

ダ・ヴィンチの数学手法の遺産は、無限に続く数学的模様をフラクタル図形で視覚的に表現したWY-TOによるコンテンポラリーアート作品にも見られます。
  • 数学
  • 数学の画像ギャラリー
  • ビデオ
大洪水の素描(1498年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』第707紙葉表)

幾何図形

1482年にギリシャの数学者、ユークリッドの論文『原論』がベネチアで発表されると、代数学の問題に対する関心が急速に広まりましたが、 ダ・ヴィンチは正式な教育を受けていないため、『原論』など当時の多くの数学論文の記述言語であったラテン語を読めませんでした。 そこで、彼は幾何図形の原理を翻訳する手段として素描を用いました。 

ダ・ヴィンチが最も興味を惹かれたのは、ユークリッドのプラトン立体、すなわち各辺の形と数が等しく、各頂点で接する3次元図形に関する記述でした。 ダ・ヴィンチのプラトン立体の図解では、3次元の物体を2次元で正確に表現するために芸術的視点に対する深い理解が必要でした。 後に、ダ・ヴィンチは、数学的比例と芸術的比例の黄金比を研究したルカ・パチョーリの論文「神聖比例論」のためにプラトン図形の挿絵を描きました。

588要素で構成される円(1517~18年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』第307紙葉裏)

幾何学パズル

ダ・ヴィンチは直線を曲線に変換することに興味を抱いていました。 彼は、直線は抽象的で幾何学的なもので、数学の伝統的表現では存在しない性質であると考えていました。 これに対し、曲線は自然で物理的であると考えていました。 ダ・ヴィンチは、従来はそれぞれ異なる分野とされていた幾何学と自然科学の相違を解決する方法を模索し始めました。 

そして、その解決法を変換、つまり形状の移動に見出しました。 幾何学への流体的・動的アプローチである変換では、全体の表面積を維持しながら、1つの幾何図形を均一の小さい断片に分割します。 ダ・ヴィンチは幾何変換(幾何学パズルとも呼ばれる)に夢中になり、 特に変換と円積問題に強い関心を抱いていました。 

マゾッキオの素描(1510年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』第710紙葉表)

数学原理の応用

ダ・ヴィンチは、幾何図形とその図形間の関係は、力学と運動の重要な要素であるばかりでなく、人の生物学にとっても重要と考えました。 また、当初は幾何形状の実験として始めた変換の研究を他の芸術・科学分野にも応用するようになりました。 芸術においては、幾何学模様が装飾デザインの基礎になり、建築物の天井や床、ひいてはダ・ヴィンチが描く女性の衣装の刺繍にも用いられるようになりました。 

ダ・ヴィンチの変換の研究で用いられた体積保存の基本特性は、空気や水など、あらゆる自然流体の流れの連続した運動と変換を表す言語としても役立ちました。 現在では、ダ・ヴィンチの数学的変換は、現代数学の最も重要な分野の1つであるトポロジーの初期形態と認識されています。
平面幾何図形(1490年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』第923紙葉表)
大洪水の素描(1498年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』第707紙葉表)
円と半円間の177の等価性(1515年頃 第455紙葉表)
588要素で構成される円(1517~18年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』第307紙葉裏)
マゾッキオの素描(1510年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』第710紙葉表)
Bisangoliの「星形」(1517~18年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』第459紙葉表)